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東京地方裁判所 平成6年(ワ)70408号 判決

原告

株式会社セイワマシナリーコーポレーション

右代表者代表取締役

佐野靖和

右訴訟代理人弁護士

秋知和憲

被告

平岡商事株式会社

右代表者代表取締役

平岡文夫

右訴訟代理人弁護士

横松昌典

被告補助参加人

株式会社サン・ベネゼ

右代表者代表取締役

上野伸夫

右訴訟代理人弁護士

川名照美

主文

一  原告、被告間の当庁平成六年(手ワ)第一六六七号約束手形金請求事件の手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用及び参加によりて生じたる訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年四月一六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)を所持している。

2  被告は、本件手形を振り出した。

3  原告は、本件手形を、支払呈示期間内に支払場所に呈示した。

4  よって、原告は、被告に対し、本件手形金及びこれに対する満期以降の手形法所定の利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  原告は、被告補助参加人(以下「参加人」という。)に対し、本件手形を振り出した。

2  (本件手形の盗難)

参加人は、本件手形を取得後、肩書地の本店事務所内の耐火金庫に保管していたところ、平成六年一月一〇日午後七時二〇分頃から翌一一日午前九時一〇分頃までの間に、何者かによって本件手形を社判や社印等の入った金庫ごと盗まれた。

本件手形の第一裏書人欄には、参加人の記名押印が存在するが、右記名押印は盗取された社判と社印によって顕出された偽造の記名押印(署名)であり、参加人は本件手形を裏書譲渡していない。

3  (原告の悪意または重過失)

原告は、次の事情から、本件手形を取得するにつき、本件手形が盗難手形であることを知っていたか、または、取引上必要な注意を著しく欠いたため、本件手形が盗難されたものであることを気づかなかった。

(一) 本件手形は、第二裏書人欄と第四裏書人欄の裏書人名がいずれも個人であるが、金一〇〇〇万円もの手形を法人ではなく個人が取得し、裏書すること自体異例である。

(二) 本件手形の第二裏書人欄記載の鈴木三雄は、肩書地に該当者がなく、そもそも実在するのかどうかも疑わしい人物である。

(三) 本件手形の第三裏書人欄記載の千代田興産有限会社(以下「千代田興産」という。)の裏書が抹消されているが、これは、千代田興産が、本件手形が盗難等の事故ないし事件によるものと知ったからであると考えられる。

(四) 本件手形の第四裏書人欄の裏書人である鈴木義淳(以下「鈴木」という。)は、平成六年一月一七日、野村某こと田中正博(以下「田中」という。)に対し、翌月五日を返済期限として金二四五万円を貸し付け、その見返り(支払手段ないし担保)に同人から本件手形を取得したが、田中が、右返済期日に返済しなかったため、千代田興産に割引を依頼したところ、千代田興産では取引銀行において割引を受けられなかった。そこで、鈴木は、千代田興産から本件手形を受戻し、原告代表者に対し「パクリ手形の可能性がある。持ってきた人間が持ってきた人間だし。どっちにしても。」と言って本件手形の割引先を斡旋してくれるように依頼し、手形割引ができたときには、割引金のうち金三二〇万円を鈴木に渡してくれればよいとの約束のもとに、本件手形を原告代表者に預けた。

原告代表者は、その後、一旦は取引銀行に割引を依頼したが断わられたため、鈴木から本件手形を預かってから二日後に、松本猛(以下「松本」という。)に割引先の依頼をし、本件手形を渡した。

そこで、松本は、仲間である北川こと栃野をして参加人代表者に対し電話を架けさせ、参加人代表者に対し金四〇〇万円で本件手形を買い取るように要求したが、参加人代表者は、本件手形が盗難手形であることを告げて拒否し、直ちに渋谷警察署に連絡した。すると、松本と栃野は渋谷警察署に赴いて盗取の弁明をしたうえ、渋谷警察署から原告代表者に対し電話を架け、本件手形が盗難手形であることを知らせた。

ところが、それにもかかわらず、その後、原告代表者は、本件手形を支払期日である平成六年四月一五日の直前に鈴木に裏書署名をさせたうえ、支払呈示した。

(五) 以上の事情からすると、本件手形の交付を受けた原告代表者としては、その取得時点で、被告または参加人に対し、本件手形が盗難等にあったものでないかどうかの問い合わせをすべきであったし、問い合わせれば盗難の事実が判明したはずである。

4  (原告の本件手形所持についての固有の経済的利益の欠如)

原告は、前記三、3、(四)の事情で鈴木から本件手形の交付を受けたのであり、鈴木から、本件手形の割引先の斡旋依頼を受けて預かっているにすぎず、本件手形所持についての固有の経済的利益はない。

よって、原告が本件手形を善意取得することはない。

5  (鈴木の悪意または重過失)

鈴木は、次の事情から、本件手形を取得するにつき、本件手形が盗難手形であることを知っていたか、または、取引上必要な注意を著しく欠いたため、本件手形が盗難されたものであると気がつかなかった。

(一) 本件手形は、第二裏書人欄の裏書人名が個人であるが、金一〇〇〇万円もの手形を法人ではなく個人が取得し、裏書すること自体異例である。

(二) 本件手形の第二裏書人欄記載の鈴木三雄は、肩書地に該当者がなく、そもそも実在するのかどうかも疑わしい人物である。

(三) 鈴木は、前記三、3、(四)の事情で田中から本件手形を取得する際、田中との従前の取引経験からして、本件手形は、田中が手形債務者から何らかの抗弁を主張される手形であると予測した。

(四) そこで、鈴木は、田中から本件手形を取得する際、被告の経理担当者に電話したところ、右担当者から、本件手形は正常な取引によって移転している手形ではないと言われた。そのため、直ちに参加人に電話したところ、参加人代表者から盗難手形であると知らされた。

6  (鈴木三雄の悪意または重過失)

本件手形の第二裏書人欄記載の鈴木三雄は、前記のとおり、肩書地に該当者がなく、そもそも実在するのかどうかも疑わしい人物であり、第一裏書人欄の参加人の記名押印は、盗取された社判と社印によって顕出された偽造のものであるから、何らかの事情かで本件手形を取得する際、盗取の事情を知っていたか、または知らなかったことについて重過失がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3は争う。額面金一〇〇〇万円の手形を個人が取得することは通常あることであり、何ら異例ではなく、第二裏書欄記載の鈴木三雄が実在するか否かは、原告の知るところではなく、手形の裏書上連続していれば手形取得者としては、手形行為の瑕疵を推察することはない。千代田興産の裏書抹消は、手形法上裏書の抹消が認められているのであるから、裏書に抹消のある手形を取得しても不注意とはいえない。

(原告が本件手形を取得した事情)

本件手形の第三裏書人である鈴木は、平成六年一月一七日、かねてから手形割引をよく申し込んできたことのある田中と会った際、同人に対して金七〇万円の債権があったので返済を求めたところ、同人から、「被告振出の手形を持っているので金二四〇万円を貸してほしい。二月五日に、前の借金を含めて金三五〇万円で買い戻す。」との申し出を受けた。そこで鈴木は、すぐその場で、知人に電話し、会社年鑑で被告を調べてもらったところ、被告は信用できるとの回答をえたので、丁度持ち合わせていた金二四五万円を田中に渡し、本件手形を取得した。

鈴木は、田中が、平成六年二月五日になっても右の金員を返金しないため、同月七日、被告の経理担当に電話し、本件手形の振出しの有無を確認したところ、振出の事実は間違いないが、参加人に渡したものであるから参加人と話をして欲しいとの回答を得た。そこで、同日、参加人代表者に連絡を試みたが、連絡がつかなかった。

4  同4の事実は否認する

原告代表者は、鈴木から、平成六年二月二〇日頃、鈴木の原告に対する金二〇〇〇万円の債務の弁済のために、本件手形を取得したのであり、鈴木から、本件手形の割引先の斡旋依頼を受けて預かったわけではない。

従って、原告は本件手形を善意取得している。

5  同5、(一)ないし(三)の事実ないし主張は、否認ないしは争う。

同5、(四)の事実は否認する。

6  同6事実は否認ないし争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1、3の各事実は、甲第一号証の一ないし三(本件手形)の存在及び原告代表者本人尋問の結果により認められる。

2  同2の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2の事実は、成立に争いのない乙第一号証並びに証人上野伸夫の証言及び右証言によって真正に成立したものと認められる乙第二、三号証によればこれを認めることができる。

3  同3について

(一)  前記甲第一号証の二によれば、本件手形の第二裏書人欄と第四裏書人欄の裏書人名がいずれも個人であることが認められる。そして、原告代表者本人尋問の結果によれば、被告は上場会社に準じるような優良企業であり、そのような企業の振り出しに掛かる、しかも金額金一〇〇〇万円の高額な約束手形が個人に取得されることは通常ではないこと、また、個人が裏書すると商業手形とみられず銀行では割り引かないこと、原告代表者はそれらのことを経験上知っていたことが認められる。

(二)  証人鈴木義淳及び同上野伸夫の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件手形の第二裏書人欄の鈴木三雄なる人物は、本件手形等の参加人方からの盗難事件の捜査によってもその実在が不明であることが認められる。

(三)  前記甲第一号証の二及び証人鈴木義淳の証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、本件手形の第三裏書人欄には、千代田興産の記名押印がなされその後抹消されて千代田興産の訂正印が押されていること、千代田興産は取引銀行の枠内で手形の割引をしていること、千代田興産は鈴木からの依頼で本件手形の割引を取引銀行に依頼したが割引を受けられなかったこと、そして原告代表者は、千代田興産が手形の割引をしていることや千代田興産が本件手形の割引ができなかったことを知っていたことが認められる。

(四)  同(四)の事実は、前記甲第一号証の三及び証人鈴木義淳、同上野伸夫の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果(ただし、不採用部分は除く)によれば、これを認めることができ、右認定に反する原告代表者本人の供述は証人鈴木義淳の証言に比して信用できない。

また、右証拠によれば、原告代表者は、手形割引の経験が豊富であることが認められる。

(五)  以上によれば、原告代表者は、本件手形を鈴木から預かる際、上場会社に準じるような優良企業振出の手形、しかも、金額金一〇〇〇万円の高額な手形が通常個人に裏書されることはないこと、また、個人裏書が存在すると銀行割引が受けられなくなること、取引銀行の枠内で手形割引をしている千代田興産の裏書が抹消されていること、本件手形を鈴木に持ち込んだ人物は信用できない人物であり正常な原因関係を欠く可能性があることを知っており、かつ、鈴木からは額面金一〇〇〇万円の本件手形の割引金としては金三二〇万円を渡してくれれば良いと話されたのであり、本件手形の第二裏書人欄の鈴木三雄なる人物もその実在が不明のような人物であって、手形割引の経験が豊かな原告代表者としては、本件手形が正常な原因関係を欠く手形であることを容易に疑うことができ、本件手形を鈴木から預かった時点で、真実取得したのであれば、被告または参加人に対し、本件手形が盗難等にあったものでないかどうかの問い合わせをすべきであったし、問い合わせれば盗難の事実が判明したものと考えられる。

そして、前記乙第三号証、証人上野伸夫の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第四ないし一四号証によれば、実際、前記の本件手形等の盗難後、右盗難手形について、被告や参加人に対し、手形行為の真正について相当数の照会があったことが認められるのである。

したがって、原告代表者は、本件手形を取得するにつき、取引上必要な注意を著しく欠いたため、本件手形が盗難されたものであることを気づかなかったものと言わざるをえない。

なお、抗弁3、(四)の事実(原告代表者から依頼された松本が、参加人代表者に対して本件手形の買取を要求し、原告代表者が、本件手形を盗難手形であると知った後、本件手形の支払期日(平成六年四月一五日)の直前に鈴木に裏書署名させたうえ、支払呈示をしたこと)及び前記乙第三ないし一四号証、証人鈴木義淳、同上野伸夫の各証言によれば、鈴木は、平成六年二月一五日、参加人に対し電話をし、参加人代表者から、本件手形が盗難された旨話されたことが認められ、右の事実によれば、原告代表者は本件手形を取得するにつき、本件手形が盗難手形であることを知っていたことすら窺われるところである。

4  同5について

(一)  同5、(一)ないし(三)の各事実は、右3、(一)、(二)、(四)に認定のとおりである。

(二)  証人鈴木義淳の証言によれば、田中は、鈴木に対し、上場会社に準じた被告振り出しの優良手形である本件手形を引当として、前貸しの金七〇万円と金二五〇万円の融資を求めたことが認められる。

(三)  右によれば、鈴木は、本件手形を取得するにつき、取引上必要な注意を著しく欠いたため、本件手形が盗難されたものであると気がつかなかったものと認められる。

5  同6について

(一)  本件手形の第二裏書人欄の鈴木三雄なる人物は、本件手形等の参加人方からの盗難事件の捜査によってもその実在が不明であることが認められることは、前記同3、(二)のとおりである。

(二)  本件手形の第一裏書人欄の参加人の記名押印が、盗取された社判と社印によって顕出された偽造のものであることは、前記認定のとおりである。

(三)  証人鈴木義淳の証言によれば、田中が鈴木に持ち込む手形は過去にも手形取得の原因関係を欠いたものもままあったことが認められる。

(四)  右の各事実に照らせば、鈴木三雄は本件手形を取得した際、何らかの事情かで本件手形の盗取の事情を知っていたか、または取引上必要な注意を著しく欠いたため、本件手形が盗難されたものであると気がつかなかったものと推認される。

6  以上によれば、抗弁は理由がある。

三  以上の次第であるから、原告の請求を棄却することとし、これに反する当庁平成六年(手ワ)第一六六七号約束手形金請求事件の手形判決を取り消し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九四条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官髙橋光雄)

別紙手形目録〈省略〉

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